『百従の王』  





「マルチェロ様」
「なんだ、
「全て、整いました」
「…そうか」
「後は、あなたがあそこに立つだけです」
「…そうだな」

そう呟いて空を見上げるあなたの先にあるのはいるのは、聖地ゴルド。そしてあなたを待つ人々。
私は幾度この日を夢見たことでしょう。(それは本当に夢となり現れた)
私は何度、この光景に憧れてきたでしょう。(その憧れは今もありありと胸に現れる)
この光の先にあるものを望んで、あなたは戦ってきた。
私はそんなあなたに付いてきた。

あなたは王の服を翻し私の前を歩く。
小さな私は黒い服に身を包みあなたに付いてゆく。
あなたの背中のなんと大きいこと、ずっとずっとこの背中に縋り付いてきた私、でも今は、この人の背中を守ることを命として。


「なんでしょう、マルチェロ様」

少しだけ歩を速め、彼の隣に行く。
彼の顔ははんぶん笑っていて、はんぶんは何故か悲しそうだった。

「どうしたのですか?」
「これは正しいことなのか」
「え?」
「俺が王になることは果たして正しいことなのか」
「マルチェロ、様」

彼はぴたりと立ち止まった。
そして震える右手を―杖を持っている手を―左手で必死で押さえつけた。
その時彼が小さく何か言ったけれど、私の耳には聞こえなかった。


「俺は皆を憎んできた。
俺を捨てた父を、死んでしまった母を、父を奪った女を、そして俺を蔑んだ皆を、憎んできた。
奴等に蔑まれないように俺はひたすら上へ上へと目指してきた。そして着いた場所がここだ。
俺はついに一番上へたどり着いたんだ」

だんだんと冷静な仮面がぽろぽろと剥がれ落ちてきて、必死に呻く彼を私は静かに見続けた。

「ええ、そうです」
「これは俺の意志だが、これを成し遂げたのは俺の力では、ない」

杖がぴくりと動いた。


「いいえ、あなたの力です」
私は言う。彼は首を横に振る。
「いいや、違う。でも俺はその力を利用してしまった」

彼は私を見据える。彼の緑の目はなんと綺麗なことだろう。
あなたはどんなに汚れたことをしても、どんなに茨の道を歩んでも、いつでもその目は綺麗だった。
だから私はあなたに付いていこうと決めた。
私もまたあなたと同じように人に捨てられた子ども、でもあなたに救われた。
だから今度は私があなたを救おうと、その為にどこまでも付いていこうと誓ったの。








「あぁ…もう戻れない」






そう呟く彼はとても悲しそうだった。
一瞬緑色の目に涙が見えたような気さえ、した。





マルチェロ様。

あなたは今から王になられるのではありませんか。
それなのにどうしてそんなに悲しそうなのですか。どうして泣いておられるのですか。


あなたが悲しいなら、私は一体どうすればいいのですか。




「マルチェロさ―」
「…つまらんことを言ってしまったな。悪かった」

あなたの名前を呼ぼうとした瞬間、彼は急にがらりと声を変えた。
その顔には笑顔が浮かび、目は最近よく見えるぎらぎらとした光が灯っていた。

いつの間にか、彼の右手は自由となっていた。




「俺は王となるのだ」






その声はいつもと同じ、自信にみなぎったあなたのもの。
ああでも、どうしてでしょう。私はさっきの弱いあなたのことを愛しく思ってしまう。どうして?




「行くぞ、
「はい」





でもこの愛しさなど殺してしまおう。
この方は今から王になられるのだ。誰よりも尊いお方に。


『俺が王になることは果たして正しいことなのか』

あなたはそう言った。
正しいか正しくないか、そんなこと私には分からない。
でも私はあなたにいつまでも従います。
だってあなたは、疾うの昔から私の王だもの。



百回でも千回でも、私はあなたの命に従います。


愛しい愛しい、私の王さま。





やっぱ兄貴は悪役でナンボだね。でも良心がちらちらと残ってしまうのもまた兄貴の良いところなのだよ…!(何が言いたい)
ヒロインちゃんは良い子だね。











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