ちゃんお帰り。学校どうだった?」
にこにこと笑う母親に何も言わず、は二階の自分の部屋へと上がった。ベッドに鞄を投げそのまま膝に頭を埋め床に座る。貧血を起こした時や気だるい時によくするポーズだった。けれど今は別に貧血も起こしていないし、だるくもない。ただ鞄の中からクッキーの匂いがする気がして、顔を埋めたのだ。
(変な人たちばっかりだったな)
変わった帽子を被った男子、パソコンを手放さない男子、いつも飴をくわえている女子、下まつ毛の生徒会、クッキーをくれた変な人。
その人たちのせいか、いつもより自分の容姿を噂する声が気にならなかった。いつもだったらそればかり気になって落ち着いてもいられないのに不思議だ。
は自分の白い髪の毛が嫌いだった。琥珀色の目も嫌いだった。母は黒い髪、父は赤い髪、そちらのどちらかであったらまだ救いもあったのに、同じ髪の色になることさえ許されなかった。
(染めようか)
けれど机の上にある写真を見てその考えはすぐに打ち消す。机の上に写っているのは自分とよく似た青年、隣には今とほとんど変わらない父と母。自分とその青年との違いは目の色が琥珀か青かというだけだった。
(私は一体誰なのだろう)
目を抑えは呟く。父や母にその問いを投げることはない。だってきっと、困った顔をしてしまうから。

次の日、はいつもより早い時間に起きて支度をした。
一階では母親が弁当を作っていた。卵焼きのいい匂い。
「あら、ちゃんおはよう。朝ごはん食べちゃいなさい」
「…」
食卓の上には納豆と目玉焼きとみそ汁と白いご飯が置かれている。
「いい」
「また貧血起こすわよ」
「大丈夫」
そのまま玄関へ行こうとするの肩を、思ったより強い力で母が掴んできた。
「はい、お弁当」
「いい」
「いいから持って行きなさい。いいから」
まだ温かいお弁当を無理矢理鞄に入れられる。こうされてしまえばにはどうしようもなかった。捨てるわけにもいかない、そんな酷いことはできない。受け取らないことだけが最後に残された道だったのに。
「…はい」
「いってらっしゃい」
相変わらず母親は笑顔でを送り出し、は無言で外に出る。
今日は学校の二日目だ。また昨日と同じ一日が繰り返される。ほとんど散ってしまった桜の匂いだけが道を覆う。それを吸い込むとは苦しくなった。

「お、来たぞ」
「今日はやったるで」
『(>Д<)ゝ“イエッサ!!』
「ほんでお前は昨日から顔文字使いまくってうざいねん」
『これがオレのアイデンティティだ』
「おいお前らうるさいぞ…来た!」
が教室の扉を開いた瞬間、目の前からヒメコが走ってくる。
「助けて!悪漢に追われているの!」
『もう逃げられないアルよ〜』
はもちろんそれを無視して自分の机に着いた。
「あいや待たれい…って気付けよ!!」
そのままボッスンの言葉を背に教室を出ていく。向かう先は昨日の屋上。ポケットにはピンクのハンカチ。昨日のクッキーを包んでいたものだ。あいつがいるなんて思っていない、ただそこに行きたかっただけだ。はそう呟く。
屋上はまだ寒かった。そこからは下の様子がとてもよく見え、桜がちらちらと咲いているのが見えた。でもその桜も今週末の雨で全部散ってしまうだろう。
「おほっ、先客がいたか」
おっさんくさい声が後ろから聞こえて、は振り返った。そこにはトサカ頭をした男子生徒が眠そうな顔で立っていた。
「悪いけどここは俺の特等席なんだ。寝るなら保健室行ってくれや」
「…寝るつもりはない」
「そうか、ならいい」
そう言って男子生徒はそのままベストポジションを見つけるとごろりと横になる。はため息をついて出て行こうとした。
「おい、お前」
ふいに男子生徒が上半身を起こし呼びかけてきた。ここで無視をしても良かったのだがは眉をひそめそちらへ向く。
「なんだ」
「お前、二年の転校生だろ」
「だったらなんだ」
昨日からこの会話ばかりだ。もういい加減にしてくれ。飽きた。
「かっかっか。嫌そうな顔すんなって。俺はこの学校の生徒会長で安形惣司郎だ」
「だから何だ」
一番偉い奴が何の用だ。もうそろそろ始業の鐘が鳴るぞ。こんな所にいていいのか。
「別に。お前に俺の名前を知ってほしかっただけさ」
そう言ってまたごろりと仰向けになる。腕を枕に顔を空にしてなんだかとても楽しそうな表情をしていた。それが少し腹立たしかったので、はずかずかと安形の前に立つ。そして安形の顔を見下ろす形になって言った。
「私はだ。生徒会だかなんだか知らないが、私に関わるのは止めてくれ。迷惑なんだ」
眉をひそめたの顔を見て、安形はやっぱり、笑った。
「かっかっか。お前はからかいがいがあるな」
「意味が分らない」
「俺なんか無視してさっさと屋上出て行った方が良かったのに、ってことだ」
「全く分らない」
「俺はお前に興味を持った。名前も覚えた。俺はしつこいぜ?」
そしてまたおっさんくさい声で笑って、安形は、お前の髪は奇麗だな、と付け加えた。
風がの髪の毛を攫ってゆく。





いつか
を攫うよ



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やっと安形が出てきた。相変わらず腹黒いですね。でも安形の策略にはまって思わず「私」とちゃんに言わせてしまいました。まあいっか。
次回の更新は少し空きますよっと。
2009/01/22







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