年末と正月は実家の片づけがあるので、故郷に帰ることになった。
もう誰も住んでいない実家だけれど、一年に一回くらいは掃除をしなきゃ本当に廃家になってしまう。椿は駅まで見送ってくれた。
「ごめんな、ボクも着いて行ってやれなくて」
「ううん。椿は家族と楽しいお正月を過ごしなよ」
「ああ、も、いい年を」
「うん!良いお年を!」
私と彼は笑顔で別れた。電車がすぐに動き、私は揺れに襲われる。不安定だ、と思って大きな鞄をぎゅっと握りしめる。どうしてこんなに荷物を持ってきたんだろう?私の本当の家はあそこで、今まで住んでいたところはただの仮屋だったはずなのに。学校に近いからという理由で借りただけのアパート。でも今そこには私の服や髪飾りや箸や本でいっぱいになってしまっている。
おかしいね、住んでいた時間が全然違うのにね。どうしてだろうね。
数時間電車に揺られ私は故郷に帰って来た。故郷はとてもとても都会だ。懐かしいなんてかけらも思わない。怖い、とだけ思って下を向きながら急いで歩く。人にぶつかる、話声が大きくて怖い、自動改札機も高いビルも全部全部怖い。
実家はがらんとしていて暗かったので私は電気をつけるとすぐにコタツに入って動けなくなってしまった。掃除しなきゃ、片付けなきゃ、でも部屋にはホコリが少したまっているだけで目立った汚れはなかった。そりゃそうだ、今まで誰も入らなかったし誰も住んでいなかったんだから。
椿からの着信音が鳴り、私はすぐに携帯を取る。
「はい!」
、大丈夫か?』
電話越しの椿の声はざらざらしていて遠い。
「う、うん」
『変わったことはないか?』
「ない、よ」
『ボクの方も別に変ったことはない。明日は家族と神社に行く』
「私は、家の片づけをするよ」
『そっちは寒いか』
「寒いね」
『こっちは明日雪が降る』
「そっか」
『そっちは、どうだ?』
「さみしい」
ぽろりと正直な言葉が出た。さみしい。だって、
「だって、家族も誰もいないし、こ、ここには椿がいない、か、ら」
罰あたりだと自分のことを思ったのは、家族のことを口に出した時じゃなくて、椿の名前を出した時に泣いたからだ。
ああ、私はもう死んでしまって会えない家族に会えないより、今生きていて少しだけ遠くにいる椿に会えない方が辛い。
ここは都会だ。何でもある、便利、誰にでもすぐに会える。昔からの友達もいる。懐かしい学校もある。お父さんとお母さんと三人出ずっと暮らしてきた家がある。でも椿がいない。

高いビルなんていりません。
おいしいドーナッツ屋さんも、おしゃれなカフェも、珍しいアンティークショップも、大きな本屋さんも、かわいい服屋さんもいりません。
自動改札機も、全自動のトイレも、24時間営業のATMもいりません。
たくさんの映画を上映している映画館も、有名な歌手が来るコンサートホールも、いろんな球団の来る野球場も、なんにも、なんにも、いりません。
お願いします神様。
何もいらない。
何もいらないから私を今すぐ彼の元に連れてって。
彼がいるところが私の帰るところなの。私の家は彼の心にあるの。
彼が触れてくれる手のひら、彼が微笑みかけてくれる笑顔、彼が、彼がいるというその体温、存在、位置、影、大きさ、光、ひかり、そして私がそこにいる。
私の帰る場所は彼のところなの。
神様、お願い私を今すぐ彼の元に、彼の所に連れて行って。

私は電話をしながら何も言わずにただ泣いた。
心の中ではそんな願いを繰り返しながら泣いた。
椿は優しく私を慰めてくれたけれど、声はとてもざわざわしていた。

彼に、とてもとても会いたかった。



願って願って願って已まない


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実家に帰った時に誰もいなかったんですけど。
今では実家には年数回数日間いるだけですね。
「まだきれいなきみは」とセットになっているようでなっていなかったり。
タイトルは「repla」さまからお借りしました。





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