安形が私の家に来たのはもう夜だった。私は今日煙草を吸っているところを教師に見つけられ、三回目の停学をくらっていた。退学にならないのが不思議なくらいだ。まあ安形が後ろで手を回しているのを考えれば、当然か。
「何をしに来たの」
「お前を叱りに」
私の部屋にずかずか上がり、安形は怒った声で呟いた。安形は滅多なことでは怒らない。そして怒っても分かりにくい。けれど私にはすぐ分かる。ああ、こいつはとてもとても怒っている。
「馬鹿なことを、したから?」
「ああそうだ」
煙草を吸って、そのまま安形の顔に吹き付けると、彼は無表情で私の煙草をむしり取った。そのまま手でもみ消す。
「火傷するわよ」
「お前は馬鹿か」
どうして煙草を吸うんだとか、どうして教師の見つかるところでとか、後は当たり前の言葉が続いた。けれどもどの言葉も私の中には入ってこない。馬鹿ね、とだけ思っていた。
「お前はどうして、俺の言うことを聞いてくれないんだ」
最後に安形はそう言った。苦しそうな声でそう言った。私はそんな彼に言ってやる。
「あんたが私にとって、何の意味も持たないからよ」
そうすると彼はとても悲しそうな顔をする。私はその度に背筋がぞくりとする。楽しんでいるの?怖がっているの?私にはよく分からない。分からないけれど、とにかく彼のその顔は私にしか見れないものだと思う。
「俺にとってお前は意味を持っている」
「私にとってはそうじゃあない」
「俺はお前がいないと生きていけないんだ」
そんなことまで言ってしまって、彼は私を抱きしめた。私は彼を抱きしめられなかった。
私はこんなことされたって、心ひとつ動くわけでもない。笑えるわけでもない。泣けるわけでもない。ただ痛いだけだ。
、俺はお前が好きで好きで、堪らないんだ」
そうまで言われても、私は何も出来ない。あなたは本当に馬鹿な人。私以上に馬鹿な人。だから私は彼を抱きしめてあげた。仕方なく。
そうすると彼は私の肩に顔をうずめてまた泣いた。あなたはいつもそう泣くのね。
私がいないと生きていけない弱い人。こんな駄目な私でさえ、いてほしいと願う優しい人。
私はこいつのそんなところが嫌いだ。嫌いで嫌いで大好きだ。
大好き過ぎて、私は本当はどうしていいかわからない。
彼の言う通りにすればいいのか、その反対をすればいいのか、それさえもわからない。
わからないからせめて、何もしない。
「私はね、あなたがいなくても平気なんだよ」
彼を抱きしめながらそう言う。それは本当で嘘だ。私は彼がいなくたって平気で毎日を生きてみせるだろう。でも同時に私は一日ごとに死んでいくだろう。生きることと死ぬことは対極だけど必ずしも交わっていないわけじゃない。だから私は、あなたがいないと生きながら死ぬだろう。
でもそんなこと言ってやんない。言ってやったら、あなたは益々、私がいないと生きていけないでしょう?
そんなの可哀想だから、だから私はただあなたを抱きしめる。
…お前が、よく分からない」
分からなくて結構。分からなくていいよ。私なんておかしい人間のことを知ってしまったら、あなたも変になってしまう。だからあなたはあなたのままでいて。
抱きしめる体温が暖かかった。
抱きしめる力が強かった。
抱きしめるその香りが近かった。
私は泣きそうになり、狂いそうになり、それでも自分にしがみついて言い放つ。
ああ、私はもう、どうしようもないのだわ。




君なんていらないよ




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不良女子高生その2です。
今凄く素直なことが言えるので書いてます。
あっ、別にいらないってことが素直なことじゃないんだけどさ…。
素直なことって一番難しい。難しいけれど残ったり残らなかったり。
誰かにとって、必要な人がいるという事は狂おしくいとおしく悲しく嬉しく幸福なことだと思います。
2009/02/20







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