もう君を望んだりしてはいけない。
そんなこと分かっているのにどうしてだ、どうして現れてしまう。(君が、お前が、あいつが)



「アニキ」



気付いたら落ちてしまっていた眠りから目覚めると、もういないはずの彼女が目の前に立っていて、死んだ時から全く変わらない姿で形で声で俺を呼んでくれて、でも、顔だけはなぜか見えなくて。



「今日はアタシの誕生日だろ?祝ってくれるって言ったじゃんか」



忘れてたよ。(本当は覚えてたよ)
忘れてさえいなければよかったのに。(驚かせるつもりだったんだ、普通に祝ってやれば良かったのに)


「おめでとうって言ってよ」



おめでとう。





口を動かし声を出さずにそう言ってやると、影は嬉しそうに微笑んだ。



「ありがとう。アニキの誕生日の時も、祝ってあ」
「笹塚さん?」



はっきりと開けた目の前にいたのは影でなく、金色の髪の毛をした女子高生探偵だった。

「…―あー、弥子ちゃんか」
「どしたんですか?こんなとこで」
「こんなとこ?」
周りを見回すとそこは彼女の探偵事務所で、そうだ俺は彼女(正確には彼女の助手)に話があってここに来たんだと思い出した。
その途中でいつの間にか眠ってしまって、それから、







それから―?(おや、思い出せない)








「あー…悪ぃ、寝ちまったみたいだ」
「いえ別にいいんですけど…風邪引きますよ」
そう言って笑う彼女は誰かにとてもよく似ていて、ずきりと胸が傷む。
「大丈夫だよ」
「まだまだ寒いから、油断しちゃ駄目ですよ」
「ああ」
「で、今日はどうしたんですか?」
「こないだ君らが関係した事件の調書を」
「あ、く、詳しいことはネウロが…」
「分かってるよ。待つ」
「お茶いりますか?」
「いや、要らない」
「…そうですか」

そう言って彼女はとりあえず俺の前のソファーに座る。居心地が悪そうだ。
こちらから何か声をかけてやればいいのだろうが、何を言えば良いのか分からない。お互いそんなことを思っているのか、部屋の空気はしん、と重たいものだった。
早く帰りたい。
帰って何が待っているというわけでもないけれど。
煙草を吸いたい。
でもこの部屋は狭いから、きっと煙草の煙は彼女に届いてしまう。

「煙草、」
「ん?」
「吸っても良いですよ」
はいどうぞ、とご丁寧に灰皿まで差し出してきた。
君は心が読めるのか、と思わず言いそうになったけれどやめた。
わざとゆっくり火をつけて心にいっぱい吸う。やっぱり狭い部屋で、彼女まで煙がきちんと届いてしまうけれど彼女は普通の顔をして座っている。

「あ、そうだ。お腹減っちゃったんで一緒にお菓子食べませんか?」
「いや、いい。一人で食べなよ」
「…じゃあお言葉に甘えて」

彼女はそう言って笑って、どこから出してきたのか山ほどお菓子を出して、いかにも美味しそうに食べる。
あの膨大な量の食べ物が一体あの細い体のどこに入るのだろう。…不思議だ。

二人して自分の好きな物を食べていると、さっきまで部屋を覆っていた重たい空気もいつのまにか消えていった。(彼女が食べてしまったのだろうか)

「ネウロ帰ってきませんねー笹塚さんお時間大丈夫ですか?」
「…ああ」
「このままネウロ、帰って来なきゃいいのに」
「え?」
「なんて、えへへ」


幸せな砂糖菓子を持ったまま、彼女は笑う。
君は、本当にそれを望んでいるのか?(本当はそうじゃない癖に)
本当にそれでいいのか?(本当は君は、あいつを待ってるんだろう。知ってるんだ)





届かないならせめて遠くにいて。
こんなに近いと望んでしまうじゃないか。







「アニキ、この子はあたしじゃないよ」



そんなこと知ってるさ。




「重ね合わせないで」




そんなことしていないよ。





「アタシは遠くにいるの」





分かってる。






だからこうして錯覚を起こしてしまうんだな、
もう少しで俺は狂ってしまうよ。****。






「…さん?笹塚さん?」
「え?」


また前を見ると、口いっぱいにクリームをつけた弥子ちゃんが目の前にいて、その姿があまりに滑稽で思わず全てを忘れてしまう。

「…口、凄いことになってるぞ」
「ホールケーキ丸かじりしたからしょうがないですよ。笹塚さんも一口どうですか?」

そう笑って甘ったるいケーキを差し出す君は何も考えていなくて、明るくて、
だから「貰おうか」なんてガラにもないこと言ってしまったじゃないか。

久々に口にしたケーキは酷く甘くてでもなぜか苦くて、君に分からないように少しだけ笑った。






望んでいるから(望んでいないはずなのに)
遠くにいかないで(遠くにいってくれ)
狂ってしまうから(君がそばにいるだけで)






脱線ばんざーい!笹ヤコばんざーい!
脳みそに蛆が湧いている時に書いたので深く気にしないでください。ヤコちゃんが天然ほのぼのさんです。ネウロの影も形もありません。ばんざーい。

2007/2/23






inserted by FC2 system