「…―あーあ」

雨が降ってきた。
どうしよう、困ったな。
傘はあるのだけれど、どうも困ったことになったと思いながら桂木弥子は空を見上げた。

ほつほつと落ちる雨は、走ればそこまで気にせずに帰れそうなくらいか弱い。
でも無防備な体を濡らすには十分。ついでに言うなら、両手に抱えた荷物を濡らすのにも十分。

「…困った」


甘い甘い、色とりどりの包みを見下ろして、桂木弥子はため息をついた。


今日は、2月14日。





無知






と言うわけで、桂木弥子は毎年この日が大好物大好きだった。
理由はもちろん、お菓子が山ほどもらえるから!
しかもこの時期チョコとかの新製品が山ほど出るし、デパ地下はものすごいことになってるし…とにかく大好物大好き!
今年は「食いしんぼう女子高生探偵」の看板のおかげか、いつもの二倍、いいや三倍はもらった。
そのほとんどは学校で食べてしまったのだが(ぇ)せっかくだし残しておいて、家に持って帰ろうと思った、のだけれど。

「雨降ってるし」

食べ物を濡らす事なんてもってのほか、言語道断である。
しかし両手がふさがっているので傘がさせない。
困った。かくなる上は。


「やっぱ全部ここで食べるか…」(待って)

幸い中途半端な時間故、ここを通る生徒の数は少ない。
いや弥子ちゃんだったらたとえ大観衆の前でも食べ始めるけどね。
下駄箱の前の冷たい階段に腰を下ろし、一つの包み開けて大きなチョコレート(可愛い形に作られていたが、腹に入ればみな同じだ)にかぶりついた。


ら。





「先生」
「う」

丁度チョコをほおばった瞬間、
雨の中から、あいつが現れた。




「ねうろ…」
「帰りが遅いのでお迎えにあがりました☆」
「…」
「帰るぞ、ヤコ」

さっきまでの営業スマイルをひっこめて、人がいないとなると急にいつもの顔になって、ネウロはぐい、とヤコの腕を掴んだ。ばらばら、と膝に抱えた色とりどりの包みが落ちる。

「ちょ、ちょっと待ってよネウロ!」
「なんだ」
「もらった食べ物が濡れる!!」
「…先生は、濡れてぐしゃぐしゃになった食べ物が大好物じゃありませんでしたっけ☆」
「そんなばかなこ…あああああーーーっ!ごめんなさいごめんなさいはい大好物ですはいごめんなさい!!」

何かされた(らしい)ヤコはそう叫んであわてて包みを拾い出した。
しゃがんだヤコの頭に、冷たい雨がはたはた零れてくる。
でもこんなのネウロの冷たさに比べりゃまし。(ハッ)


(ああ…せっかくもらったのに…)

少ししゅんとしながら、ゆっくり立ち上がった。
ネウロは荷物を持つのを手伝ってはくれないだろう。
冷たい雨に、打たれなきゃいけない。


「帰るぞ」

突き放す声は、いつも通り。
でも前へ―前へ一歩踏み出したヤコの上に、雨は降っては来なかった。


「あれ」


上には雨粒、じゃなくて透明な傘。
隣にいるネウロは自分の傘をヤコに差し出している。



「え?」
「先生に風邪をひかれては困りますから☆」

にっこりと笑うその顔は、あの嫌な何考えてるのか全く分からない笑顔で、ヤコはとても嫌な予感がしておそるおそる聞いた。

「…これからどんな酷い仕事が待ってるの?」
「今日は謎はまだない」
「じゃあどんな拷問する気?」
「…―今日は何の日か、知らんのか」

ふと真顔になってネウロが聞いた。
後ろに雨が流れるのが見える。
寒い世界にチョコレートの甘い匂いだけが不釣り合い。


「今日?」
「今日、2月14日だ」
「みんながお菓子くれる日」
「…………………で?」
「じゃないの?」

尋ねたネウロに、逆にヤコはきょとんとして聞き返した。
その顔は本当に本当に正直な真面目な顔だったので、ネウロはまじまじとその顔を見つめる羽目になった。
明るい髪の毛の後ろを、透明なカサの上を、雨粒がはらはらと流れていく。
白い息に甘い匂いで、少しだけ「優しい」という気持ちになったけれど、やはり教えてやるものか、と思ってにやりと笑った。

「それでいい」
「はー?」
「お前はそれでいい」
「何よー!」



馬鹿にされてると、隣でヤコがわめいていたが、ネウロはただニヤニヤと笑うだけだった。







ヴァレンタインデーにあげるものが、甘いものとは限らない。





終わってしまえ。




読み返すと恥ずかしさで死にそうなのでもう読み返しません。
ネウヤコ愛してます。いやでも笹ヤコも愛してる。吾ヤコも。意外にサイヤコも好きだ。ようするにヤコちゃん大好きなんです。
ハッピーバレンタイン!!



inserted by FC2 system